洋風ちんすこう(仮)

よく何もないところでつまずいてコケるアラサー会社員の備忘録。

半分降りたシャッターの先に

小学生の頃、町外れにある小さな自転車屋に入り浸っていた時期がある。

そこは昔ながらの個人経営の自転車屋で、無精髭を蓄え頭もボサボサの見るからに冴えないおっちゃんが、たった数坪のテナントに所狭しと中古の自転車を並べて売る前時代的な、スーパーアナログな店だった。

そんな小さな店が夕方になると学校帰りの小学生でぎゅうぎゅうに埋まる。

何故か。

主人のおっちゃんはゲームと子供が大好きだった。

お店の奥には小さなブラウン管テレビとゲーム機が大量にあった。プレイステーションニンテンドー64はもちろんのこと、当時でさえ珍しかったセガサターンメガドライブまであった。ソフトもたくさん揃っていた。おっちゃんはお店で客が来ない時間を店の奥のテレビでゲームをしながら過ごしていたのだ。

そして好奇心で訪ねてくる小学生の子供達にも、快くコントローラーを握らせてくれた。

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「6丁目の自転車屋で珍しいゲームがたくさんできるらしい」

地元の小学生の間で噂が広まるスピードは凄まじかった。

ある日、僕は誘ってくれた友達といっしょに初めて自転車屋のシャッターをくぐった。おっちゃんの自転車屋は開店していてもいつもシャッターは半分降りていた。お店の前に中古の自転車が値札付きで並んでいるのが営業している合図だった。

店内はまるで天国のようだった。

乱雑に投げられたランドセルの向こうに、10人ほどの同級生の人だかり。その奥にはゲームのバトル画面を映し出す小さなブラウン管テレビが見えた。

テレビの隣には居酒屋で見るような瓶ビールをしまうプラスチックのビールケースを椅子がわりにして座り微笑むおっちゃんの姿があった。チラリと目が合う。

「なんや、見いひん顔やな」

ドキッとして慣れないあいさつをする。いくら同級生の楽しそうな様を見ていても、「知らない人についていってはいけない」と厳しくしつけられた親の顔が頭をよぎる。ついて行くどころかこちらから相手のテリトリーに入り込んでいるではないか。
おっちゃんは微笑んで言った。

「まぁ好きなだけ遊んでいきや。ただし門限は守るんやぞ」

この言葉で少しホッとした。この人は信用していいのかもしれない。門限の心配をしてくれる「知らない人」に出会うのはこのおっちゃんが初めてだった。

それから数ヶ月が経ち、僕は気付いた時には完全に常連の子供達の一人に加わっていた。授業が終わるとみんなで一目散に町外れの自転車屋を目指して走った。途中のローソンで1個増量中のからあげクンを買い、半分降りたシャッターをくぐる。からあげクンを頬張りながらプレイするゲームは格別だった。

ボスが強くて倒せない時はおっちゃんに泣きついた。いつも髪の毛はボサボサで、作業着も油で真っ黒に汚れたおっちゃんが軽々とラスボスをねじ伏せる。子供達の歓声が薄暗い店内にこだまする。おっちゃんのマネ出来ないコントローラーさばきと、余裕のある横顔には憧れの感情を抱いた。


月日は流れ中学生になると、部活にも入り環境の変化もありあの自転車屋に行くことはパッタリと無くなってしまった。おっちゃんは元気にしてるかな、と時々思い出しては一度行ってみようとするものの、まぁまた今度でいいか、と思い留まり、いつしか自転車屋のことも、冴えないおっちゃんのことも忘れ去っていった。

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そして数日前、遊びに行くこともままならないこのご時世の中、自宅で楽しめる何かを探しに地元のレンタルビデオ屋へ向かう途中、更地になっている場所を見つけた。

「あれ?ここ、もともと何があったっけ…」

立ち止まって考える。記憶を辿った。
うっすらと浮かぶ微笑む横顔にボサボサの髪の毛。
ボタンの接触が悪いコントローラと油の匂い。地面に転がるランドセルと六角レンチ。

そうだ。おっちゃんの…

ようやく、あれだけ入り浸っていた自転車屋が更地になっていることに気がついた。そこは15年ぶりに通った6丁目の町外れだった。